悠久の片隅

日々の記録

<a href="http://ameblo.jp/fujiko-diary/entry-10356200670.html">十五夜。</a>

今日は、十五夜中秋の名月

お天気がいまひとつのようですが、

大丈夫、見えなくても十五夜はそこにある。

あるべくしてそこにある。

上新粉がなかったので、

スイートポテトのお団子(バター、生クリーム、ブランデー、バニラエッセンス、卵)を作りました。

本来、お芋をお供えしていたものがお団子になったようなので、ちょうどよいかも。

藤子のブログ

ん?!

藤子のブログ

「あっ!見つかっちゃった!」

藤子のブログ

大丈夫だよ。

十五夜のお供え物は「お月様が持って行って下さった」と言う意味で、すぐに取ってもよいそうです。

農作物もとってよい、そんな風習もあるそうです(確かに↑ワンコはさつまいもも持ってるw)

そんな話を聞いて、

落穂拾いを思い出しました。

収穫あとの僅かに散った落穂(落ちた稲)は、貧しい人が拾えるように残しておかなければいけない。

昔、これは決まりだったようです。

あなたがこの地の実りを刈り入れるときは、畑の隅々まで刈りつくしてはならない。

またはあなたの刈り入れの落ち穂を拾ってはならない。

 

あなたのぶどう畑の実をとりつくしてはならない。

またはあなたのぶどう畑におちた実を拾ってはならない。

貧しいものために、これを残しておかなければならない

穫り忘れたものを取りに戻ってもいけない。

この前読んだキリストの本にそうありました。

そうやってミレーの落穂拾いを見ると、また印象が違う。

いくばくかの落穂を拾う女性。

後ろで、いっぱいの収穫物を牛車で引くのは、地主さんでしょうか。

お金ある者も貧しい者も、お互いの尊厳は保ちつつ日々暮らしていたのだと思います。