悠久の片隅

日々の記録

<a href="http://ameblo.jp/fujiko-diary/entry-10703473689.html">新たな世界</a>

「How are you?」

「Fine♪」

ジムで英語で話す人、

その人が英語を学んでいるのは、英会話が目的じゃなくて

「僕は、原書で文学が読みたいんですよ」

ひょえーーーー

「ど、どんな方がお好きなんですか」

リルケが好きですねぇ~ そうは見えないでしょ?w」

うん、見えない(汗) ベンチプレス150㎏のマッチョな体型からは想像しずらい。

リルケ読んだことないけど、読んだ方がいいですか?」

「もし人間だったら・・・・・生きているうちにリルケは読まなければダメでしょ。」

シャキーン 読みます!

もし人間だったら・・・・・

生きてるうちに、その言葉が聞けて良かった大泣き

ひとつ、絶対的に信じられるもの、絶対的に頼れるものを持ってる人って、いいな♪

そういう人は、もっともっと何かを学ぼうという気持ちも強いように思う。

リルケはドイツの詩人・・・・・

それしか知らない。

ドイツで合ってるのか・・・?

詩はね、ホント読まない。

センチメンタルになり過ぎるきらいない?

言葉だけが宇宙の彼方を歩いてるような・・・・・

私の性格に叙情的なものはあんまり合わない気がするの。

詩は言葉が高尚過ぎるのかなー、

どこでも土足で上がっていってしまうような私には靴を脱ぐのも履くのも億劫で。

リルケの言葉を少し調べてみた。

愛しながら 愛する者から身を解きはなち、

おののきながら そのことに堪えぬく時が来ているのではないか。

ちょうど張りつめた弦(いと)に耐えぬいた矢が 集中した力をもって飛び立つとき

自分「以上のもの」になっているように。

これは詩ではないよね?

でも読んで心臓がドキッとした。

弦(いと)が切れてしまうんじゃないか、自分の方が壊れてしまうんじゃないかというギリギリの緊迫感

そこから放たれたもの。

ビンビン伝わってくるものがある・・・・・

自分以上のもの・・・・・

そだよねぇ・・・・・

自分以上になれなきゃ

解き放てない。

矢は

矢だ。

それ自体たいした効力もない。

矢は力を与えるものが無ければ、目の前で無残に落ちる。

矢に力を与えるものは

真理しかないんだよね・・・・・

感情と切り離し、モノの道理で考えたとこの真(まこと)

真は1つしかない。

矢の着地地点も、そこにしかない。

雲で見えなくても月や太陽があるように、目を背けようと、ごまかそうと、真の存在は揺るぎが無い。

何よりも尊く、強い。

そして、その実とても穏やかであることに気付くんだなぁ・・・・・

愛されることは、燃えつづけることでしかない。

愛することは、暗い夜にともされたランプの美しい光だ。

愛されることは消えることだが、愛することは永い持続だ。

ライナー・マリア・リルケ

リルケはどんな恋をしたんだろう

大学では美術、文学、哲学を学び、生涯、愛と孤独と死を追求した

リルケ、読んでみますわは♪

私をあっちこっち導いてくれて、また新たな希望を授けてくれる人たちに感謝です3ハート☆