悠久の片隅

日々の記録

流転の王妃の昭和史

流転の王妃の昭和史 (新朝文庫)/愛新覚羅 浩

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満洲』と口にすることさえ憚られる現代、

本当に考えなければいけないことが、逆に触れてはいけない空気の中で、真実を消してゆく。

満州国』とは、なんだったのか。いかなるものだったのか。そこで何が起こったのか。

勝海舟が氷川清話の中で、

維新30年後に、すでに歴史を正しく伝えることの困難さを語っている。

渦中にありながらそう感じるのだから、

芥川の『藪の中』にあるように、

真実とは、100人いれば100通りの真実・・・になってしまうのかもしれない。

軍部の政略結婚で、満州国皇帝の弟溥傑(ふけつ)氏の后となった愛新覚羅浩の自伝。

敗戦で、夫溥傑氏はソ連に捕えられ収容所へ、浩は娘を連れ命からがら日本へ。

その壮絶苦難の日々は筆舌に尽くしがたい。

満州国皇帝弟の后という立場が

関東軍からは中国人の妻として蔑まされ、

敗戦後には日本人として苛まれ、

いかに苦しいものであったか。

日本に帰国してからも、夫溥傑氏は抑留されたまま連絡すらとれない。

長女エコちゃんは母に黙って、周恩来総理に手紙を送る。

「拙いながら、日本で習った中国語で手紙を書いています。

父溥傑の消息は、長らく途絶えたままで、母も私たち娘も大変心配しております。

私たちは恋しい父に何度手紙を書き送ったかわかりません。

同封した写真は何枚を数えたでしょうか。

しかし、返事は一度もなく、私たちはただ嘆くばかりです。

たとえ思想がちがおうと、親子の情に変わりはないと存じます。

周恩来総理に、もしお子さまがおありになるなら、

私どもが父を慕う気持ちもおわかりいただけるのではないでしょうか。

夫との再会を待って私たちを育ててきた母が、

父の身を心遣う気持ちを理解していただけるのではないでしょうか。

現在、中国と日本は国交が断絶したままです。

しかし、中国人の父と日本人の母によって築かれた私たち一家が、

真の中日友好を願う気持ちはだれも押しとどめることはできません。

母は一刻も早く父の許に戻りたいことでしょう。

私もいずれは中日友好の架け橋となりたいと思い、こうして一生懸命中国語を学んでおります。

どうか、お願いいいたします。この手紙と写真を父にお届けください・・・・」

長女エコちゃんがなぜあれほど中国語を学びたかったか、母は初めて知る。

この手紙が周恩来総理の手に届き、手紙のやりとりが許されるようになった。

聡明で誰からも愛されるエコちゃんは、東大の哲学科受験を希望したが、

親戚からは「アカに染まっては困る」という、(笑っていいのだか、いけないのだかw)

そんな声もきかれた。

それで学習院に行くことにしたのが彼女の運命だったのか、

同じ学習院の男子学生と伊豆天城で命を絶ってしまった。

あまりに突然の出来事・・・・・

様々な憶測が飛び交ったこの事件、真相はわからないけど、

私にはエコちゃんが自分の意思で死を選んだとは、思えない。思いたくない・・・

家族との再会が拘留中の父親にどれほど希望になっているか、娘の死にどれほど嘆き悲しむか

想像できないわけがない。

娘エコちゃんの死を知った溥傑氏から浩へ届いた手紙。

「こんなことがあっていいものか?浩さん、これは本当なのですか?

私は、こうして書いているいまでさえ、わが娘がこの世にないことをどうしても信じられない。

それにしても、なぜだろうか?

清朝の血を享けた娘が薄幸であることは宿命とでもいうのか?

私は将来のすべてを慧生と嫮生に託してきた。

苦しみに耐えてこれたのも、二人の娘と浩さんがいて、

いつかは一緒に暮らせるという夢があればこそだった。

なんということだ。遠く離れていて、親として何もしてやれなかったことが、

これほど恨めしいことはない。

もしだれかに罪あるとすれば、この私、父である私にだ・・・」

この人に、こんな苦しみがあっていいのか・・・

想像されるのは、身を引き裂かれる思い。心が痛い。

どんな苦しみにも勝る苦しみ・・・

中国からも多数の手紙が届いた。大部分は叱責の手紙。

「あれほど中国大陸で罪なき人々が殺され、ようやく平和が甦った今日、

われわれのかけがえない清朝直系の二粒の麦を、

いままた日本人の手によって一粒枯らされてしまった。

もし日本の皇女が、中国人によって無理心中の相手にされたら、

日本人はどんな気持ちがするだろうか?」

これ以上にない悲しみにくれる母親の元にこのような手紙、

わからなくはないが、あまりにつらい・・・

軍部の策略で結婚を強いられ、異国の地に嫁ぎ、嫁いだ国は敗戦で消滅してしまう。

夫はソ連に抑留され、身を寄せる所もなく中国の地を転々と逃げ惑い、

命からがら日本へ帰国する。

夫との再会を果たせぬまま、愛する娘はある日突然男性と共に命を絶ってしまう。

悲しい試練を耐え、夫と再会しその後中国で穏やかに暮らす。

嵐吹きすさぶ人生を振り返り浩はいう。

「政略結婚といわれたあの結婚が私の運命を決めました。

しかし世間の目とはうらはらに、

私は夫との結婚に一度たりとも悔いを覚えたことがありませんでした。

いまになって思えば、半ば強制された結婚であっても、

夫と私との間は深い愛で結ばれていたのです。

私が敗戦後の逃避生活を無事生き延びられたのも、十六年間の別離に耐えられたのも、

夫との強い絆があったからにほかなりません。」

生きている限り何事かは誰にでもある。

でも起きたことの大小で物事計れない。

自分の身に起こった運命ともいえる出来事を受け入れているか、いないか。ではないか・・・と。

この本に書かれていることのすべてが真実ではないかもしれない。

ここに書けないこともいっぱいあるでしょ。

でも、それがその人の真実なのだと思います。

溥傑氏と浩の愛だけは真実であり、満州国の生んだ1つの愛。

この2人の愛が今の中国と日本の関係の一縷の望みだと信じて・・・

それにしても、愛新覚羅溥傑氏。

清朝の皇帝弟という身で背負った運命とお人柄を思うと、心が張り裂けそうになる。

なんで・・・・・

なんで次から次へと・・・こんな思いしないといけないんだろうか。

泣けて、泣けて、仕方ない・・・

なんでここまで思いが募るのか自分でもわからないけど、

これほど誠実な人が、

つらい思いをするのは、私は耐えれない・・・

一生のうちに何冊本を読むかわからないけど、

その中でも一生心に焼きついてしまう本というのがあって、この本はその一冊。